このページの要点
- 冒頭に引渡日・営業開始日・総事業費などを定義し、予約の段階での拘束力の程度を条文で明らかにする。
- 予約完結権は書面で期限内に行使し、黙示の行使には確認期間を置き、異議があれば協議と30日での解除の出口を置く。
- 停止条件の不成就は相互免責で返還、引渡し遅延は当然終了ではなく借主の選択による解除にする。
- 中途解約は、後継テナントか「総事業費×残月数÷総月数」の算式による違約金を選べる形にする。
結論:予約と本契約の境界、未完成の建物の出口、長期の中途解約の算式を決める
土地の所有者がこれから建物を建て、完成後に特定の事業者が一棟まるごと借りる、という形の取引では、建物が完成する前に「完成したら貸す・借りる」という約束を交わします。建物賃貸借予約契約は、その約束を書面にしたものです。借りる事業者は建物の仕様や開業の時期を前提に準備を進め、貸す側は借主が決まっていることを前提に建築費を投じるため、双方にとって長期の事業計画の土台になる契約です。
この契約では、通常の賃貸借契約にはない三つの問題が生じます。第一に、予約の段階でどこまでの義務が生じ、いつ本契約が成立するのかという境界。第二に、建物が未完成であるため、完成の遅れ、計画の変更、行政手続の遅れが起きたときに、契約から抜ける出口と金銭の精算をどうするか。第三に、20年を超える長期の契約で借主が途中でやめたいときに、貸主が投じた建築費をどう回収するか、です。
このページでは、建築前の福祉施設を20年を超える長期で借りる予定の事業者(借主側)から依頼を受け、貸主側が用意した予約契約書をレビューし、依頼者の書き込みに回答し、完全な改訂案を作成した案件をもとに、三つの問題への書き方を紹介します。敷金の条の見直しは保証金・償却で詳しく扱い、完成後の通常の賃貸借の構成は事業用テナント賃貸借契約書、期間で確実に終わらせる形は定期借家のページが参考になります。
原案のレビューで見えた全体の問題
原案の表題は「建物賃貸借予約契約書」でしたが、内容を見ると、賃貸の目的物、使用目的、賃貸借期間、賃料とその免責期間、賃料の改定、修繕と費用負担の区分、敷金、損害金・違約金、反社会的勢力の排除、合意管轄まで、本来は本契約で定める中核的な条項がほぼすべて書かれていました。事務所のレビューは、形式は予約でも実質は本契約と同じ程度に強い拘束力を課す契約と解される余地が大きいと評価しつつ、予約と本契約の境界、つまり「どの時点で・どの範囲の義務が・どの根拠に基づいて生じるのか」が整理されていない点を総論の第一に挙げました。
とりわけ、予約完結権が行使される前の段階で本契約が成立しなかったときの法的な効果、当事者の責任の有無に応じた損害賠償・違約金の可否と範囲、すでに受け取った金銭の扱いが包括的に整理されていませんでした。さらに、未完成の建物を前提とする以上、引渡しができない、又は大きく遅れる場合の解除の要件と手続、解除に伴う返還・違約金・損害金の範囲、当事者の責めに帰すべき事由と不可抗力の切り分けを、通常の賃貸借以上に細かく決めておく必要があると指摘しています。レビューの結論は、予約契約として位置付けを明確にするのか、本契約に準じる内容として作り直すのか、方向を決めたうえで条文の構造を整理し直すことでした。その後に作成した完全改訂案では、章立てを「総則」「予約契約の成立及び完結」「本契約の主要条項」「雑則」に分け、冒頭に定義の条を置く形で全面的に組み直しました。
改訂案の冒頭に置いた定義
- 「本件土地」:貸主が建物を建てるために所有し又は取得する土地。
- 「本件建物」:本件土地の上に貸主が建て、借主の事業に使う建物。
- 「引渡日」:貸主が所轄官公庁の検査済証を取得し、鍵の交付等により建物の占有を実際に借主に移した日。
- 「営業開始日」:借主が必要な許認可を得て実際に業務を始めた日。借主が事前に書面で通知した日を営業開始日とみなす。
- 「総事業費」:建築費、設計費、測量費、インフラ整備費、開発許可・建築確認等の申請費用、施工管理費その他付随する合理的な費用の総額。
予約完結権:書面・期限・黙示の行使・異議
予約完結権は、一方が意思を表示すれば本契約を成立させられる権利です。売買の一方の予約は、相手方が売買を完結する意思を表示した時から売買の効力を生じ(民法556条1項)、この規定は性質が許す限り売買以外の有償契約にも準用されます(559条)。原案は、所轄官公庁の検査が完了した日から1週間以内に甲乙いずれも予約完結権を行使しなければならないとし、借主が異議なく引渡しを受けたときは引渡しと同時に予約完結権が行使されたものとみなす、と定めていました。依頼者はこの条に「異議があった場合の定めは?」と書き込んでいました。
事務所の改訂例 予約完結権の行使(借主側の改訂)
行使の方法
形成権の行使は明確な意思表示によるべきで、方法を決めておかないと、行使したかどうかが争いになります。
黙示の行使
開業準備のために引渡しを受けざるを得ない借主に、受け取った瞬間に本契約が成立するのは不利です。確認のための7日間を置きました。
異議があった場合
異議の定めがないのは重大な欠落だと回答しました。協議の期限と、合意できなかったときの出口をセットで置いています。
改訂案では、予約契約の成立の条で、将来の本契約の主要条件(建物の構造・規模・引渡条件・期間・賃料その他)について現時点の合意を明確にし、各当事者がこれを前提に将来の契約締結義務を負うこと、正当な理由(引渡しの遅延、許認可の不取得、重大な財務信用の変動、不可抗力による履行不能など)なく本契約の締結を拒んだ当事者は、相手方の準備費用などの損害を賠償することも定めました。予約の段階での拘束力の程度を、条文の上で明らかにするためです。
期間の起算点・賃料の免責期間・賃料の改定
事務所の改訂例 期間と賃料の条(借主側の改訂)
期間の起算点
営業開始日は、許認可の日なのか入居者の受入れの日なのかが定まらず、期間の始まりが争点になりやすい日付です。鍵の交付等で特定できる引渡日に改めました。
賃料の免責期間
開業準備の期間の賃料をなくす一方、何が免除されないかを明記しました。
賃料の改定
介護保険制度の動向と賃料の因果関係は曖昧で、「介護報酬が下がったから賃料を下げてほしい」と言えるのかが分かりません。客観的な事由に絞り、協議が調わないときの道筋も置きました。
賃料の改定について「協議する」とだけ書くと、それは協議する義務にとどまり、合意がない限り改定されません。レビューでは、協議が調わないときにどうするのか(専門家の鑑定、裁判での調整など)がなければ、改定の条項は事実上棚上げになり得ると指摘しました。なお、普通の建物賃貸借では、契約の改定条項とは別に、借賃が不相当になったときの増減請求が認められています(借地借家法32条1項)。改定の協議の条は、この請求権と並んで働くものとして書きます。
引渡しの遅れと停止条件:未完成の建物の出口
原案は、建築確認の後、建築に着手してから所定の月数以内に引渡しができなければ予約契約が当然に終了し、貸主が受領済みの金員を返還し、敷金相当額の違約金を支払う、としていました。事務所の個別のレビューは、履行期限と遅延のペナルティを明示すること自体は借主の事業計画にとって合理的だが、その期限を1日でも過ぎれば契約が当然に終わり、借主が事情を理解して待とうとしても選ぶ余地がない点が硬直的だと指摘しました。設計変更、行政手続の遅延、天候、資材の供給の停滞など、建築の工程には遅れの要因が多いからです。
改訂案の出口の設計
| 場面 | 改訂案の定め | 金銭の扱い |
|---|---|---|
| 停止条件が成就しないとき | 貸主が土地の所有権を取得すること、開発許可を取得すること、建築確認を取得することをすべて停止条件とし、いずれかが成就しなければ予約契約は効力を生じない | 受領・預託済みの金銭(敷金・預託金・前払金等)を速やかに返還し、互いに損害賠償等の責任を負わない |
| 引渡しが遅れたとき | 建築確認の取得後、天災・不可抗力等の特段の事情がないのに所定の月数以内に引渡しを完了できなかったときは、借主が書面で解除できる | 貸主は受領済み金員の全額を直ちに返還し、敷金相当額の違約金を支払う |
| 引渡し前の正当な理由のない解除 | いずれの当事者も、正当な理由なく引渡し前に予約契約を解除したときは違約金を支払う | 敷金相当額の違約金。ただし、借主の解除が許認可の取得不能、介護保険の指定不可、建築制限の変更等によるときは正当な理由があるものとみなす |
| 不可抗力で建物が滅失・損壊したとき | 協議のうえ契約の全部又は一部を解除できる。事業継続が一時的に困難なときは賃料の減額・免除・支払猶予を協議する | 敷金・前受賃料・未払金・残置物の撤去などを協議して速やかに清算 |
当然終了を「借主の選択による解除」に改めたことで、借主は、遅れの事情と開業計画を比べて、待つか、契約から抜けるかを選べるようになりました。借主が介護事業の指定を受けられない場合を正当な理由に含めたのは、建物があっても事業ができなければ借りる意味がなくなる、という借主側の事情を条文に反映したものです。
修繕・原状の変更・担保権・所有者の変更・転貸
20年を超える一棟借りでは、期間中に建物に手を入れる場面、貸主が建物を担保に資金を借りる場面、所有者が変わる場面が必ず訪れます。改訂案では、それぞれについて借主の事業が止まらないよう、手続と期限を決めました。
改訂案の期間中の取決め
| 項目 | 定め | 借主から見た意味 |
|---|---|---|
| 修繕の区分 | 別紙「修繕区分表」で責任範囲を定める。1件あたりの修繕費が一定額未満のもの、借主の使用・管理上の過失によるものは借主の負担。事前に書面承諾を得た修繕は合理的な範囲で償還を請求できる。緊急時は直ちに報告し事後の承諾を得る | 軽微な修繕の基準を費用の額で決め、争いを減らす |
| 原状の変更 | 間取りの変更・設備の増設などは図面・工程表・施工業者・保険証明を添えて申請し、貸主の事前書面承諾を得る。貸主は正当な理由がなければ拒めず、申請から14日以内に回答しなければ承諾とみなす | 回答が来ないまま改修が止まる事態を防ぐ |
| 許認可への協力 | 貸主は、同意書・誓約書の発行、登記事項証明書等の提供、行政担当者との面談・立会いに合理的な範囲で協力し、正当な理由なく拒めない | 施設の指定・許可の手続に所有者の書類が要る事業への配慮 |
| 担保権 | 事業継続に支障をきたす担保権を設定しない。やむを得ず設定するときは事前に協議し、賃借権の保護のため後順位の設定、通知、契約条件の再確認などの措置をとる | 建物が担保に入る場面でも、事前に知り、対策を協議できる |
| 所有者の変更 | 相続・譲渡・合併等で所有者が変わっても賃借権はすべての条件とともに新所有者に承継されるものとし、貸主は事前に新所有者に契約内容を示して継続を担保する義務を負う | 所有者の変更で条件が変わらないようにする |
| 地位の譲渡・転貸 | 貸主の事前書面承諾を要するが、第三者の支払能力・事業内容・反社会的勢力との関係等に照らし、正当な理由がなければ拒めない | 事業の承継や再編の際の柔軟性を確保する |
貸主の立入りについては、事前に目的・日時・範囲を文書で通知し、原則として営業時間内又は借主の指定する時間帯に、借主の担当者の立会いの下で行い、身分証を携行し、知った業務上の秘密について守秘義務を課す、と定めました。福祉施設では入居者の生活の場に立ち入ることになるためです。緊急時は事前通知なく立ち入れますが、事後に書面で報告します。報告義務の条では、年2回、稼働状況・維持管理の状況・行政の監督の状況を報告し、重大な設備故障や行政処分などはその都度報告することにしています。
第三者による使用の妨害については、原案が貸主に「いささかの迷惑も及ぼしてはならない」という抽象的で絶対的な義務を課していたのに対し、レビューで、貸主が現実には制御できない事象にまで対応の義務を負わせるおそれがあると指摘しました。改訂案では、第三者が借主の賃借権を不法に侵害・妨害したときは、貸主が所有者として、借主の請求に基づき、必要かつ合理的な範囲で法的措置を含めて妨害の排除に努め、完全な排除が難しいときは、代替の手段(一部の賃料の免除や間仕切りなどの対策)で借主の使用の利益の確保に努める、という現実的な書き方に改めています。許認可への協力の義務を貸主が正当な理由なく果たさず、借主の事業の開始に著しい支障や遅れが生じたときは、借主が実費相当額の損害賠償を請求できる、という項も置きました。
長期の中途解約:後継テナントか、残額の算式か
原案は、借主の中途解約の要件として、後継のテナントを紹介するか、総事業費(建築費・設計費・測量費)を基礎に経過月数で按分した残額を違約金として払うか、のいずれかを求めていました。レビューは、建築費等の出資総額を基礎とする方式は損害の補填として合理性があると評価しつつ、総事業費の範囲が狭いため別紙の内訳か包括的な文言を置くべきだと指摘し、改訂案では定義の条で総事業費を広く定めたうえで、算式を条文に書き込みました。
条文例
第19条(中途解約)より
1乙は、解約日の6か月前までに甲に書面で通知したうえで、次のいずれかの方法により本契約を中途解約することができる。(一)後継テナント候補を甲に紹介し、甲が合理的な理由なくこれを拒まないとき。(二)総事業費を基礎とする未償却残存相当額(以下「残損害額」という。)を違約金として甲に支払うとき。
2後継テナントの紹介にあたっては、乙は、当該テナントの会社概要、事業内容、直近3期の財務資料、予定する賃貸借条件、使用計画等を甲に書面で提出する。甲は、提出日から14日以内に承諾の可否を回答し、賃料その他の条件が明らかに不利な場合、支払能力・信用力に重大な懸念がある場合、建物の資産価値を著しく損なうおそれがある場合、反社会的勢力との関係が合理的に疑われる場合を除き、承諾しなければならない。
3残損害額=総事業費×(賃貸借期間(年)×12-経過月数)÷(賃貸借期間(年)×12)
事務所の改訂案の要旨です。
算式を条文に書いておけば、いつ解約しても違約金の額を計算でき、借主は事業の見通しと照らして判断できます。貸主にとっても、建築費の未回収分を基準にした額であることを説明できます。後継テナントによる解約には、提出書類と回答期限と拒否できる事由を定め、貸主の裁量で後継の候補を拒み続けることがないようにしました。中途解約の場合も、解約日までに原状回復のうえ明け渡し、敷金の精算と違約金の支払を明渡日までに済ませる、という順序を書いています。
ヒヤリングで確かめること 建物賃貸借予約契約を作る前に
- 土地の取得、開発許可、建築確認はどこまで進んでいるか。停止条件として何を置くかが決まります。
- 建物の仕様はどの段階で確定し、検査済証の取得はいつごろの見込みか。予約完結の期限と、引渡しの遅れの基準日を決めるためです。
- 借主の事業に必要な許認可・指定は何か。所有者の書類や立会いが要るか。許認可への協力義務と、取得できなかったときの解除の扱いを書くためです。
- 総事業費に何を含めるか。内訳を示せるか。中途解約の算式の基礎になります。
- 期間中に建物を担保に入れる予定や、所有者が変わる可能性はあるか。担保権と所有者の変更の条の書き方が変わります。
建築前の予約契約で起きがちなこと
よくあるご質問
建物の完成前に賃貸借を約束する契約では、何を決めればよいですか?
予約と本契約の境界(いつ本契約が成立し、それまでにどの義務が生じるか)、予約完結権の行使の方法と期限、引渡しが遅れたり許可が下りなかったりしたときの解除と金銭の精算、長期の中途解約の違約金の決め方を決めます。冒頭に引渡日や総事業費の定義を置くと、条文全体が読みやすくなります。
完成が遅れたら、借主は何ができますか?
契約の定めによります。事務所の改訂案では、建築確認の取得後、特段の事情がないのに所定の月数以内に引渡しが完了しないときは、借主が書面で解除でき、貸主は受領済みの金員を全額返還し、敷金相当額の違約金を支払う形にしました。当然終了ではなく、借主が待つか抜けるかを選べる形です。
予約完結権の行使に異議があった場合の定めは必要ですか?
必要です。事務所の改訂案では、引渡し後の短い期間内に書面で異議を申し立てなければ黙示に行使したものとみなし、異議があれば建築士等の見解を踏まえて協議し、30日以内に合意できなければいずれの当事者も予約契約を解除できる形にしました。
20年を超える長期契約の中途解約の違約金は、どう決めればよいですか?
事務所の改訂案では、後継テナントを紹介する方法と、総事業費を基礎に経過月数で按分した残額を払う方法のいずれかを選べる形にし、残額は「総事業費×(総月数-経過月数)÷総月数」という算式で条文に書きました。総事業費の範囲は定義の条で広く定めています。
期間の起算点は営業開始日と引渡日のどちらがよいですか?
事務所のレビューでは、営業開始日は許認可の日か入居者の受入れの日かが定まらず、期間の始まりが争点になりやすいと指摘し、検査済証の取得後に鍵の交付等で占有を移した日を「引渡日」と定義して起算日にしました。
あわせて読みたい、関連する別のガイド
- 建設業法19条の記載事項で工事請負契約書を点検する建設工事・リフォームの請負契約書ガイド
- 連帯保証:書面・範囲・極度額お金の貸し借り・債権の契約書ガイド
あわせて読みたいページ
本ページは一般的な情報提供です。個別の契約への当てはめは、物件の状況や取引の実態によって結論が変わることがあります。事務所の改訂例・ご相談の事例として紹介している内容は、アトラス行政書士法人が作成・レビューしてきた事業用の貸室賃貸借契約書、定期建物賃貸借契約書(マスターリース・サブリース)、土地賃貸借契約書、使用貸借契約書、駐車場賃貸借契約書、施設利用契約書、建物賃貸借予約契約書、建物管理の基本業務委託契約書、宿泊施設の運営管理業務委託契約書、不動産売買の合意書、売買契約書・重要事項説明書のレビュー、退去清算合意書などを、個別の当事者や物件が特定できない形に整理したものです。条文は e-Gov法令検索で確認しています(最終確認日:2026年10月16日)。参考: e-Gov法令検索